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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11250号 判決

原告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川村忠男

右訴訟代理人弁護士

田邨正義

被告

荻本文義

主文

1  被告は、原告に対し、別紙目録(略)記載の部屋を明け渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、原告において金一〇〇万円の担保を供することを条件に、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載の部屋(以下「本件部屋」という。)は、原告所有の社宅であるところ、被告は原告会社の従業員であった当時、本件部屋に入居した。

2  原告会社の社宅管理規定によれば、従業員が会社を退職した場合には六か月以内に社宅を原告会社に返還すべきものとされている。

3  原告は、昭和五八年八月三一日到達の書面により被告を解雇する旨の意思表示をした。

4  原告が被告を解雇するに至った経違及び解雇理由は、次のとおりである。

(一) 被告は、昭和三五年六月一日大卒者として原告会社に入社したが、昭和五八年までの間に在籍した多くの職場において些細なことを理由に上司や同僚に対し大声でどなったり、罵倒する等の行為を繰り返してきており、このため昭和五二年二月七日には職場秩序を乱したことにより「譴責」、同五六年四月二〇日には同じく職場秩序を乱したことにより「訓戒」の処分をそれぞれ受けている。

(二) 被告は、昭和五七年四月一日から本社海損部勤務を命じられていたが、同年九月二七日に開かれた海損部員全員出席の転勤者送別会の席上、同僚社員に対し顔面を手拳で殴打する等の暴行を加えるとの事件を引き起こした。

そこで、原告会社は、就業規則の定めに従い、被告に休職を命ずるとともに、右事案に関し査問委員会を設置した(原告会社就業規則の定める懲戒処分の種類は、譴責、減給、出勤停止、昇給停止、降職及び懲戒解雇の六種であるが、同規則一二四条は昇給停止以上の重い懲戒処分に該当する事案については、査問委員会の議に付さなければならない旨を定めており、また、同規則八〇条は、従業員が懲戒事由に該当する場合には、懲戒発令があるまで休職を命ずることができるとしている。)。

査問委員会は、同年一一月一二日開催の第二回委員会および同年一二月二日開催の第三回委員会の二度にわたって弁明聴取の機会を設け被告に出席を求めたが、被告はいずれも出席を拒否した。そこで、査問委員会は、目撃者の報告に基づいて殴打暴行の事実を認定したうえ、右事件は海損部全員の出席のもとで行われた転勤者の送別会という準公式的な場であるが、時間的には就業時間外、場所的には社外であったことを情状として酌量する余地があるとし、昇給停止より軽い減給五〇分の五(ただし五〇分の一ずつ五回減給)を選択するのが相当である旨答申した。そこで、原告会社は、右答申に基づいて同年一二月二八日被告を右のとおり減給に処すとともに、就業規則の定めるところにより始末書を提出するよう求めた(就業規則一二五条は懲戒解雇以外の懲戒処分に際しては始末書をとるものとしている。)。

(三) 原告会社としては、被告が既に述べたように、過去において上司や同僚との間でしばしばトラブルを起こし、再三にわたり処分を受けていること、今回の事件に関しても被害者である同僚や直属の部長に対し陳謝することもなく、また前記のように査問委員会の再度にわたる呼び出しにも応じないなど反省の態度が認められないことから、被告は組織人としての正常な人間関係を形成する能力に極めて乏しい状況にあると見ざるを得ず、したがって直ちに職場に復帰させても、同僚や上司との調和や協力を欠き再び紛争を引き起こすおそれがあるものと判断した。そこで、原告会社は、前記減給処分の発令と同時に、被告の休職を解いたうえ人事部付を命じて自宅待機させ、一定期間ごとに面接・カウンセリングをおこなって職場適応性を見定めたうえで、職場復帰させることとした。ところが、これに対する被告の態度は次のごときものであった。すなわち、

〈1〉 昭和五七年一二月二七日、原告会社の右の方針を被告に伝えるべく、人事課長が被告の居住する小山台寮の管理人を介して「会社に電話するよう。」指示したが、何ら連絡をしなかった。

〈2〉 昭和五八年一月五日、人事課長が小山台寮に電話したのに対し、在室にもかかわらず「文書でくれ」と管理人に言い、電話に出なかった。

〈3〉 同日、人事担当常務から配達証明郵便で懲戒及び復職の命令内容を通知し、懲戒に基づく始末書の提出を命じたが、これを無視し、提出しなかった。

〈4〉 同年二月三日、人事部長の指示により、人事部員がカウンセリングを行うべく架電したが、在室しているにもかかわらず電話に出ることを拒否したので、後刻訪問する旨を伝言して、訪問したが、これを無視して外出してしまっていた。

〈5〉 同月一八日、「二月二一日午後二時に出社するように」との趣旨の文書を人事課より速達便で送付したが、同日には出社せず、午後二時ころ電話で「今日は出社しない、呼出し文書には印が押してない、このまま話し合っても平行線になるだけ」と伝えてきたのみであった。

〈6〉 同年三月三〇日、人事担当常務名の配達証明郵便で「四月一二日に出社するよう」指示し、あわせて「指示に反した場合には勤務継続の意思なきものとみなす」旨を通告したが、当日は出社も連絡もなく無視した。

〈7〉 同年四月一四日、再度人事担当常務名内容証明郵便で「四月二二日に出社するよう」指示し、あわせて「指示に反した場合には会社の指示に従う意思なきものとみなす」旨を通告したが、当日は何の連絡もなく、これを無視した。

〈8〉 同月二五日、小山台寮管理人を通じて「四月二六日九時に訪問するので待機するよう」伝言し、四月二六日、人事部次長らが訪問したが、指示に反して外出してしまっていた。

〈9〉 同月二八日、人事担当常務名の内容証明郵便で「会社は雇用契約継続の基盤が消滅したものと判断するが、任意退職の意向があるのであれば検討する用意があるので五月一四日迄に提出するよう」通知し、別便にて退職届用紙を送付したが何ら反応を示さなかった。

(四) 以上のように、会社側の命令にもかかわらず、就業規則所定の始末書の提出を拒否し、さらに口頭によるのはもとより、三回にわたる文書による出社命令にも従わず、やむなく人事部員が小山台寮を来訪しても事前の指示連絡に反し外出して面会を拒否するなどの被告の行為は昇給停止以上の懲戒事由を定めた就業規則第一二八条第三号の「職務上の指示、命令に不当に反抗し、職場の秩序をみだしたとき」に該当することから、原告会社は再び査問委員会を開催することとした。

査問委員会は、昭和五八年六月三〇日及び同年七月七日の二回にわたり被告から弁明を聴く機会を設けてその出席を求めたが、被告は出席を拒否したうえ、「査問委員会は無効」である旨の電報を打ってくる有様であった。それでもなお査問委員会としては慎重を期す意味で、同月一三日開催予定の第五回査問委員会の席上、査問委員会は無効である旨の被告の主張の根拠について事情聴取の用意のあることを通知したが、被告は右期日にも出席しなかった。

そこで、査問委員会は、被告は自ら弁明の機会を放棄したものとみなし審議をすすめた結果、被告の前示行為は、「就業規則一二八条三号(職務上の指示、命令に不当に反抗し、職場の秩序をみだしたとき)に該当し、かつ、その情が重く、加えて同条第八号(数回譴責、減給又は出勤停止の処分を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込がないとき)又は一〇号(その他、前各号に準ずる行為のあったとき)にも該当するので、一二九条により懲戒解雇に処する。」のが相当である旨答申した。なお、就業規則一二九条は、「従業員が前条各号に該当し、その情が重いときは、懲戒解雇とする。」旨定めたものである。

(五) 原告会社は、右査問委員会答申どおり被告を懲戒解雇することも可能であったが、被告の将来を考慮して懲戒解雇より軽い通常解雇をもって臨むこととし、昭和五八年八月三一日到達の書面をもって被告に対し解雇を通告した。

5  ところが、被告は、明渡期限が到来しても本件部屋を明け渡さず、現在もこれを占有している。

6  よって、原告は被告に対し、社宅使用契約の終了に基づき、本件部屋の明渡しを求める。

二  被告の答弁

請求原因第一項から第三項までの事実は認める。同第四項の事実は否認する。原告のした解雇は、解雇に至る手続が形式的であり、かつ、解雇理由とされた事実が虚偽の報告に基づいて認定されたものであるから、解雇権の濫用であって、無効である。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因第一項から第三項までの事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告のした解雇の効力について判断する。

1  (証拠略)によれば、請求原因4の(一)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

2  (証拠略)によれば、請求原因4の(二)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

3  (証拠略)によれば、請求原因4の(三)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

4  (証拠略)によれば、請求原因4の(四)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

5  (証拠略)によれば、請求原因4の(五)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

6  以上1から5までに認定した事実によれば、被告が昭和五七年一二月に減給の処分を受けて以降就業規則所定の始末書の提出を拒否したこと、再三にわたる口頭又は書面による出社命令に応じないことは、就業規則一二八条三号の「職務上の指示、命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき」に該当し、かつ、その情が重いといわざるを得ないし、また、同条八号の「数回譴責、減給又は出勤停止の処分を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込みがないとき」にも該当するということができる。したがって、被告については懲戒解雇を相当とする理由が存在するから、これについて被告の将来を考慮して通常解雇とした原告の措置はもとより相当であって、本件解雇は有効である。被告は、本件解雇は解雇権の濫用であると主張するけれども、前記認定のような本件解雇に至る経緯からすれば、解雇権が濫用されたと認めることは、到底できない。

三  そうすると、被告は、社宅管理規定に基づき、解雇の日から六か月を経過した昭和五九年二月末日までに本件部屋を明け渡すべき義務があるものといわなければならない。

四  よって、本件部屋の明渡しを求める原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功)

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